人里離れた山奧に、いぢわるな鬼が棲んでをりました。
この鬼、今しも恋に破れたばかり。たいへん苛々してをりまして。
里に下りては人を騙して、その御魂を喰らふ。
まあさういふ、惡鬼でございました。
ああ、ちくしやう。
もつと人を騙せる術はあるめえか。
もつと魂を喰らふ術はあるめえか。
さうして鬼は、かう考へたのでございます。
「さうだ。人間の皮で、仮面を作らう」
人喰ふ鬼に、血を吸ふ鬼。
渡る世間に鬼數あれど、此度の鬼はちと違ふ。
なにしろ此奴、噺がうまい。
その饒舌な語りを聽いたが最期、果ては御魂も吸ひ盡くされる。
これぞまさしく、怪談。
腹空かせた鬼が今宵ぶらり。
人騙して魂
喰つてぺろり。
けんども腹は滿足
せず空くばかり。
そんだば、鬼に祕策あり。
村人さ、狩り、狩り。
顰め面、ばり、ばり。
痛えがつても、無理くり。
人間の面をずゐと剥ぎ取り。
化けの皮、手作り。
素晴らしき仕上がり。
これで、俺も仲間入り。
さあて。ぬらりくらり、何處へ往かうか。
浮世の貌
をぶらさげて。
さうだ。お前を誑かす怪談は、
こんな異端な奇譚にしやう。
さうしませう。
この噺で氣を惹いて、
その魂を碎いて、
この顎で啜る、ずる、ずる、ずる。
そんでも鬼は滿足
せねえ腹ぺこり。
そこへ知らぬ男がひとり。
あはれ見るに忍びなきその身形。
「今夜は腹を滿たせさうだ」
けれども病がちなその男、気を失つて倒れてしまふ。
御魂を喰らはうにも、先づは怪談を聽かせにやあ美味くならない。
しやうがあるめえ、鬼は男を宿に運び込んだのでございます。
聽く耳、持たぬらしい。
遠慮なぞ無し無し。
寄り添つてる意思表示。
すると、男が口を開く。
思し寄らぬお話。
驚いた午前0時。
恋破れた者どうし。
そんぢや、俺もお前も同じぢやあねえか。
誰かを愛して、騙されて。
さうか。お前を誑かす怪談なんて、
こりやあ話せねえな。
腹は滿足
されたやうだ。
草木も眠る丑三つ時。
滿足さうに眠る男を殘し、鬼は黙つて宿を去る。
と、その折。何やら背後で物音ごそり。
振り返った鬼の目前、立ってゐたのは――
嗚呼!
ずるりぬるり、お前もさうかい。
浮世の貌
で、おい嗤つてんぢやあねえよ。
さうか。俺を誑かす怪談か。
なにが不幸だ苦境だ。
うまい噺だなあ。
その噺に氣を惹かれ、
この魂をとくと碎かれ、
その顎で啜られる、ずる、ずる。
怪談をぢつくりと語つた、もうひとりの鬼が謳ふ。
「今夜は腹を滿たせさうだ」
……ところで貴方も、
この怪談をぢつくりと聽かされた譯ですが、
腹も空いてそろそろ、
"おなかいり"でございます。